2013年5月27日月曜日

最後のとき/最初のとき


先週、原美術館で展示中のソフィ・カル「最後のとき/最初のとき」へ行った。
平日の早い時間だったので、程よい人出だった。

何らかの事情で目が見えなくなってしまった人に、
最後に自分が見た風景はどのようなものだったのかを
答えてもらう内容。
その本人のポートレイトとともに、その時見えていたものが書き出されている。

展示の説明にも描かれていたが、その質問は残酷であるなと思う。

そして、そのテキストと本人の写真を遠くはなれたこの日本で
白昼まじまじと見つめてしまうことに
小さな痛みというか罪悪感のようなものを感じてしまう。

日常近くにそういった人があれば
傷口を開かないように、周りのものは気がついていても知らない振りをしたり
その部分をぼやかして接していると思う。

しかし、この展示の内容を聞いたときになぜかとても興味をひかれた自分がいた。
というか今の自分には、このような展示を見ることがとても必要なことのように思えた。

目が見えないということは、その方々にとりまぎれもない喪失ではあるが
その展示を見ている私たちのなかにもなかなか日常には表出することのできない
様々な形の喪失や欠落があるはずである。

そういったものが、ざわざわとそのまま表に出てきてもいいような
何かの綺麗な形に整えなくてもいいような
そういった、しんしんとした静かな気持ちを持ち帰った一日だった。




0 件のコメント:

コメントを投稿